アンディ達は、地下一階の通路を歩きながら、どういう道筋を辿るかを話していた。
「あの、地下四階の青い煙が、吹き出て来たとこへ、行ってみんのがいーと思う」
ケインが青い綬を弄んでいる。
「青い品物を手に入れたからか?」
アンディは、あまり気が向かないようだ。尤も、あの青い煙には、散々な目に合わされているので、仕方のない事ではある。
「私としては、地下四階にあると言う、使用許可が必要な昇降機と言うのを探してみたい気もします」
ジェフは地図を見ながら皆の顔を見回した。
「どっちが良いかなぁ」
「取り敢えず、青い綬を手に入れた一帯の概略を把握しながら、昇降機を探してみると言うのはどうでしょうか」
ビルが何時もとは違って、迷っているようなので、ソフィーが珍しく自分の考えを口に出した。ウォーリィは一人黙っているが、何処と無く落ち着かない。
「それが良いんじゃないか?」
アンディがビルを見る。ビルはそれに一つ頷いて応え、他の者達も異存はないと言うように頷いた。
アンディ達は、『試験場中央管理施設』の中に入り、左右に分かれている通路を左側に進んだ。其所には『宝物庫』と書かれた板が張り付けられた扉があった。丁度『魔物配備中央施設』とは対称的な位置だ。
「『宝物庫』か。何があるか楽しみだな」
ウォーリィが扉を蹴り開けた。そこは小さな正方形の部屋で、龍が二匹待ち構えていた。尤も龍と言っても、以前戦った緑色の龍よりもずっと小さい。丁度、始めてこの階に来た時に襲ってきた龍と、同じくらいの大きさだった。
「そっちは任せたぜ!」
ウォーリィが言いながら、扉を蹴り開けた勢いを殺さずに、左にいる龍に切り掛かって行った。任せたと言われて、アンディとビルは右の龍に飛び掛かって行ったが、アンディの攻撃だけでその龍は地に伏した。ウォーリィの方も、殆ど一撃でかたが付いた。ジェフやソフィーが、呪文で援護する間も無い。
「『宝物庫』と言っても、何も特別な物はないようだが」
アンディが部屋の中を見回していた。其所には特別『宝』と呼べる物は無く、他の部屋と同様、龍が守っていた宝箱以外の物はない。ケインがその宝箱を開けたが、金貨が少し入っていただけだった。
「これの何処が『宝物庫』だってぇんだ?」
「まあ、『魔物配備中央施設』と書いてあった所も、魔物の配備をしているようには見えなかったし、今は使ってないのかもな」
アンディが部屋の壁を叩く。堅い石を叩くような音がしたが、何か仕掛があるような様子はない。
「でもよー、一体、誰の、『宝物庫』だったんだろーな」
ケインが意味あり気に皆を見回した。
君主の像が言っていた昇降機は、『試験場中央管理施設』の中には見当たらず、アンディ達は中を隈無く探してから、地下四階を南北に走る通路を南に歩いていた。通路の突き当たりにあった扉には、不思議な青っぽい金属で出来た、板が貼ってあった。それにはこう書いてある。
『私的直通昇降機。許可の無い者は使用禁止』
「よーするに、誰かの私物で、おまけに、どっかに直行する昇降機って事だよなー。てこたー、ワードナのとこまで一直線なのか?」
「考えられるな」
ケインが言うのに、ウォーリィが応える。
「でも、これは大君主の許可証だろう? 流石にワードナの所へ一直線って事はないんじゃないかな」
「それに狂王の黄金像はこの階より下には、何があるか判らないと言ってました。それを考えると、ワードナの所迄一直線、と言う事はありえないと思います」
アンディの問い掛けをジェフが肯定した。
「取り敢えずこれは使わねーで、あの青い煙の吹き出て来たとこへ、行ってみねーか?」
ケインの誘いの声が、迷宮の通路に響いた。
一旦、地下一階迄戻って、今度は階段を使って降りて行く。地下四階迄移動する装置のある場所から直接、あの青い煙が吹き出した所へは行けなかったのだ。
「さあて、今度は大丈夫だよな」
青い綬をケインから受け取り、弄びながらウォーリィが言う。二度目に来た、声が聞こえた方の扉の前だ。
「開けるぞ」
ビルが宣言してから扉を開ける。
『通るが良い』
一言だけ頭の中に声が響いた。今回はほんの一瞬だった所為もあってか、アンディもそんなに辛そうにはしていない。尤も、聞こえた瞬間には顔をしかめていた。
「やっぱ、これが必要だったんだな」
ウォーリィが、青い綬をケインに渡して、魔法陣を踵で叩いていた。前回は魔法陣に入った途端、魔法陣が輝き出して青い煙のようなものが充満したが、今回は何の反応も見せずに、ただそこにあると言うだけだ。
「すみません、少し待って下さい」
ソフィーが立ち止まって、小さな声で呪文を唱えた。唱えたのは、恒光の呪文だったようで、ソフィーの手の上に光の球が現れた。光の呪文が無いと、隠し扉を見付けられない。先程『試験場中央管理施設』を探索する時に唱えた呪文は、暗闇を通ったので効果は消えてしまっている。
「じゃ、行こうかぁ」
ビルが歩き出し、直ぐ後ろにアンディとウォーリィが続いた。そしてケインとソフィー、ジェフが後を追う。
真っ直ぐ長く伸びる、その通路の北側に扉が一つだけあった。扉を開けると、そこは小さな部屋で、正面にまた扉がある。その扉を開けると、下りの階段があった。
「青い綬は地下四階と五階の間にある、結界の通行証だったんだなぁ」
「つまり、俺達は許可を取ったって事だろ。降りてみようじゃねぇか」
呟くように言ったビルに、ウォーリィは不敵な笑いを浮かべながら応え、六人の冒険者達は階段を下って行った。
階段を下った所で、何時ものように、ジェフが明瞭の呪文を唱えた。
「………。城の真下です、此所は」
呪文を唱え終わったジェフは、地図を描く為に、新しい紙を懐から出している。
「そんなに移動させられたてぇのか?」
「でも何だって、階段と移動の仕掛が、一体化してるんだろう」
ウォーリィが言い、アンディが不思議そうに通路を見回していた。
「やはり、侵入者を迷わす為でしょう。私達はこうやって、階段を下ると明瞭の呪文を使って、位置を調べる事にしていますが、そうしていない者達は、正確な地図が描けずに迷い、結局は生還する事は出来ないでしょう。尤も、ワードナが意図して、こういう仕掛けにしたのかどうかは判りませんが」
「そうだな」
ジェフの応えに、アンディが微かに肩を竦めて頷いた。
「動こうぜ」
ウォーリィが歩き出しながら促した。
小さな部屋を幾つか通り抜け、少し長い通路の真ん中にある扉を開けると、大きな部屋に壁とは別の石で出来た柱が何本か立っている空間に出た。
「何だか、嫌な感じがします。何もなければ良いのですが」
ジェフが誰にとも無く言う。
「嫌な感じ? 何が?」
アンディがジェフの独言を聞き咎めたらしい。
「判りません。不吉な予感ではないと、思いたいのですが……」
ジェフは得体の知れない感覚に言葉を濁した。
少し部屋の中を歩いていると突然、人の集団が襲って来た。見た事もない、不思議な鎧を着た者達と聖職者達だ。
「聖職者達の呪文を!」
ビルが肩越しにジェフとソフィーに言い、鎧を着た者の一人に飛び掛かって行った。ウォーリィとアンディもそれに続く。鎧を着た者達は、奇妙に反った片刃の剣を持っていて、今迄以上に危険な感じを受けるのだった。それに今迄の迷宮内での戦いの経験で、聖職者達の方は、ソフィーとジェフが呪文で何とかしてくれるとの信頼があった。
「眠れ。動きを止め、我が言の葉のままに……」
「我が神カドルトよ、かの者達の音を消し、言の葉の力を失わせ給え……」
ジェフとソフィーの栄唱の声が重なり、それに聖職者達の栄唱も加わる。
「我が神カドルトよ、かの者に災いを与え給え……」
「火の風よ、我の前に現われよ……」
「誘眠!」
「静寂!」
「傷害!」
「小炎!」
先ず、ジェフの声が聞こえ、それに続いてソフィーと聖職者達の気合いの入った声が重なった。しかし、どの呪文も効果を表さない。
「……え?」
「呪文が効果を現さない?」
呆気に取られたようなソフィーと、訝しげなジェフの声が重なる。聖職者達は、それでも呪文を唱えるが、一向に呪文の効果が表れる事はなかった。呪文の効果が表れないのであれば、ジェフもソフィーも、一応護身用に持っている武器を構えて、自分の身を守る事くらいしか出来ない。結局、戦士達が聖職者達も含めて全て剣で倒した。
「どうしたってーんだ?」
「呪文が効果を表さないなんて……」
ケインが訝しそうに、アンディは不思議そうに言う。
「妖呪文も聖呪文もだもんなぁ」
ビルは何時もの如く、誰にとも無く呟いた。
「これからどうする?」
「直ぐ町に戻りましょう」
ジェフが反論を許さないと言った、強い調子で促した。
「何で?」
「今、理由を説明している余裕はありません」
心底焦っているらしいジェフが言う。ジェフが『焦り』を表に出したのを、少なくともアンディは見た事がなかった。そのジェフの様子に、ウォーリィも不本意そうな顔をしてはいたが、何も言わず皆に付いて歩き出した。
アンディ達は、地下五階から真っ直ぐ町まで戻って来た。そして、迷宮の中でジェフが説明する事を拒んだ理由を聞く為に、ギルガメッシュの酒場に集まった。何時もなら、カント寺院に行ってしまうソフィーも、今は一緒にいる。
「ところでどうして、直ぐに戻って来なければならなかったんだ?」
アンディが席に付くと同時に聞いた。
「私もソフィーも、丸一日くらいは呪文を唱えても、効果が得られないだろうと思うからです」
「どうして?」
ジェフの応えに、アンディがまた問い掛ける。
「秘呪文の中でもかなり特殊なものに、呪文の効果を消してしまう呪文というのがあるのですが、その呪文の効いた空間に入ると、その後、丸一日は呪文を唱えても、効果を得られない可能性が高くなると聞きました」
「そんな呪文があるとは知りませんでしたわ。けれど、聖呪文も妖呪文もなのですか?」
今度はソフィーが問い掛けた。
「ええ。それどころか、呪文として一番強力と言われる、真呪文さえ効果を得られないと聞いています。そう言えば、確か城の地下にある牢屋に、その呪文が掛けられた所があると聞いた事があります」
「そんなら、俺が知ってる。魔術師が掴まって、入ってた事があったぜー」
ケインが言う。ケインも冒険者になる前は、徒党を組んで泥棒をしていたらしいから、掴まっていた事があるのだろう。
「へえ」
「その魔術師が何したのかなんてーのは、しんねーけどよ、呪文書を持ってたのに、何で逃げねーのか不思議だった。それなりに呪文も使えるらしかったのにさ。始めは何かブツブツやってたけど、それもしなくなっちまったんだ。後で仲間にきーたら、その牢屋ん中でじゃ、一切の呪文が使えねーとか言ってたな」
「そんな場所があるんだ」
ケインの説明に、感慨深げにアンディが言う。
「人数はあっちの方が多かったし、呪文が効かなかったから、苦戦するかと思ったんだが、あの剣士、大した腕じゃなかったなぁ。もっと出来るかと思ったんだがなぁ……」
ジェフやケインの説明を聞きながら、あの戦闘の事を考えていたのか、ビルがいきなり呟いた。
「聖職者の方もあまり、呪文は得意ではなさそうでしたわ」
「ええ。今思い出したのですが、彼等の中に、妖呪文を唱えようとした者がいました。彼等は多分、僧侶では無く司教だったのでしょう」
ソフィーがあの戦闘を思い出したように言い、ジェフが言葉を添えた。
「剣士の方は……多分、侍だと思う……」
アンディが自信無さげに言った。
「侍? 何で?」
「あの独特の反った片刃の剣、あれは刀だと思うんだ」
「そうかもしれません。刀なら、侍もしくは、忍者にしか扱えないと言われていたはずです。慣れない者が刀を使うと、直ぐに折ってしまうとも言われていたと思います」
アンディとジェフがそれぞれケインに応える。
「あの剣士達は、忍者と言う感じではありませんでしたわ」
「ああ。忍者じゃないと思う。あの、独特の冷たさを感じなかったし」
ソフィーが言うのに、アンディが応えた。
「独特の冷たさ?」
不思議そうな顔で、ウォーリィが問い掛けた。
「何て言ったら良いのか……、側に寄られると、何となく身体が冷えていくような感じがするんだ」
「そー言やー、感情の籠らねー、嫌な瞳をしてたっけか。感情がねーぶん冷たく感じるかもなー」
アンディが言葉に出来なかった事を、いとも簡単にケインが口にする。
「そう言うもんか? けどよ、思った程、実力の差は無かったように思わねぇか」
少し不思議そうな顔で言ってから、ウォーリィは不敵な笑いを浮かべ、皆を見回した。
「ええ。油断は禁物ですが、下りの階段を探す為にも、それなりに歩き回っても良いかもしれません」
「そうだなぁ。今夜はゆっくり休んで、明日はもう少し歩いてみよう」
ジェフがウォーリィに応えるのを聞いて、ビルが言った。皆異存は無いようで、ビルの視線に応えるように、黙って頷いていた。
ギルガメッシュの酒場で決めたように、アンディ達はジェフの地図に従って、呪文が使えなくなる部屋に入らないよう気を付けながら、地下五階を歩いていた。
延々と折れ曲がっている、通路を通り抜けた先にある部屋に入ると、人が六人程いた。迷宮内では珍しく、攻撃を仕掛けて来る様子がない。
「……どうかしましたか? 俺達で……」
少し考えてから、ビルが声を掛けた。
「そいつ、違う! 人じゃねー、獣人だ! きーつけろ!」
ビルが言い終わる前に、相手を見ていたケインが叫んだ。そしてケインの声が聞こえた刹那、人に見えたものが、少し不格好な狼と鼠に、ゆっくりと変化して襲って来た。ワーウルフとワーラットだ。
「鼠の方、頼む!」
何時ものようにビルがジェフ達に言い、ワーウルフに切り掛かって行った。アンディとウォーリィも、ワーウルフに攻撃を掛ける。
「眠れ。動きを止め、我が言の葉のままに。誘眠!」
「我が神カドルトよ、御身の恵み、より広く強い幕となし、戦に赴く我らを包み給え。祈願!」
ジェフは何時もと同じく誘眠を、ソフィーは防御の為に祈願を唱えた。ジェフの呪文により、三匹いたワーラットは全て眠りに付き、ソフィーの呪文のお陰か、ワーウルフの攻撃は戦士達に当たらない。
ワーウルフ達も必死に抵抗したが、結局アンディ達の敵では無かった。戦士達が三、四回切り付けると動かなくなった。ワーラットの方も、ジェフの呪文の影響が消える前に止めをさされた。
「しっかし、よく判ったな。ケイン」
部屋に置いてあった宝箱を調べているケインに、ウォーリィが声を掛けた。
「古の魔物とかも言われてんけど、獣人てーのは、突然変異でも現れるらしーんだ。とにかく、俺が未だほんのガキだった頃、狼付きの噂が流れてなー、俺はそいつに会ったのさ。それからは、獣化する奴に会うと、何てのかな、こー『こいつは違う』って判るよーになった。それなりに離れてても判んだ」
ケインは宝箱を開けてから、ウォーリィの方に顔を向けた。
「へえ」
「ワーウルフに会った所為だろーな、あいつが一番良く判る」
感心したようなアンディの声に、呟くようなケインの声が重なった。
「先に進もうかぁ」
少ししてから、いきなりビルが促すように声を掛けた。
アンディ達はかなりの日数を掛けて、迷宮を下って行った。迷宮内で会う魔物達も、適わない程ではなく、苦戦を強いられる事も多々あったが、何とか地下八階へ降りる階段を見付ける事が出来た。
「さあて、気合い入れて、降りようぜ」
「ソフィー、ジェフ。大丈夫か?」
ウォーリィは剣の柄を握り直し、ビルはエルフ達の顔を見ながら聞いた。此所迄大した戦闘をした訳ではないが、確認を取る意味で聞いたのだ。
「ええ」
ソフィーが言い、ジェフは黙って頷いた。
ビルはジェフとソフィーに、頷きを返してから、階段を下った。
階段を降りている途中で、皆が軽い眩暈を感じた。その眩暈が治まると、かなり広い空間に出て、階段が消えている事に気付いた。
「階段は?」
「どーなってんだ? この迷宮は」
辺りを見回しながら、アンディとケインがそれぞれ言った。
「一応、現在位置を確認して、地図を描いておきましょう」
ジェフは何時ものように、明瞭で現在位置を確認して、地図を描きだした。それを見ながらビルは、少し進んだ。すると、突然床が回転した。
「回転床かぁ」
心底嫌そうにビルが言う。ビルは回転床で身体を回転させられるのが、生理的に合わないようで、何回も続けて回転床に乗ると、気分が悪くなってしまうのだ。ところがこの広い空間は、回転床で埋め尽くされているらしく、少し進んだと思うと、回転床に乗るはめになった。
新しい松明が二、三本燃え尽きるくらいの時をかけて、何とか部屋の外に出た時には、ビルは真っ青な顔で、扉を背にして通路に座り込んでしまった。
「大丈夫か、ビル」
アンディが心配そうに声を掛ける。しかし、ビルは剣に縋って荒い息をつくだけで応えない。喋るだけの気力も無いのだろう。
「休めば良くなるとは思うのですが……」
ソフィーが残念そうに言う。ソフィーはビルに呪文を掛けたのだが、ビルの様子は一向に良くならなかったのだ。
「此所で少し休みましょう」
「危なくねーか?」
宣言したジェフにケインが聞いた。魔物等の不意打ちを受けやすくなるので、迷宮内で長い間じっとしているのは、良くないと言われているのだ。
「このような状態の人を連れて歩く方が危険です。それに、確実ではありませんが、それ程かからず良くなるでしょう」
「ソフィーの呪文で、どうにかならないのか?」
「先程、完治を掛けました。ですが治らないのです。完治で治らないのであれば、聖呪文では治しようがありませんわ」
アンディの問い掛けに、ソフィーは自分の力で仲間を救えない事に、腑甲斐無さを感じながら応えた。
誰も話そうとはしない。不意打ちを受けないように、アンディとウォーリィは、それぞれ厳しい表情で、通路の両方向へ視線を走らせていた。
「すまなかったな」
ジェフが言った通り、それ程待たない内にビルが言った。顔色も何とか赤みが戻り、息も静かになっていた。
「大丈夫なのか?」
少し心配そうにアンディが聞いた。
「ああ、もう大丈夫だ。回転床に連続して乗ると、頭を混ぜられたみたいな気がして、駄目なんだよなぁ。さぁ、行こう」
少し怠そうではあるが、何時もの調子に戻ってビルが促した。歩き出したビルに、皆も安堵したような顔で続いた。
長い長い枝別れのない通路を、アンディ達は黙々と歩いた。そして、その通路の突き当たりに小さな部屋があった。部屋の壁には、六つの突起があり、その突起には記号が描いてあった。
「何だろう? あの地下一階と四階を結んでる装置に似ているけど」
アンディが皆を見回した。
「位置的に言えば、地下四階の私的直通昇降機と書いてあった扉の奥の下です。多分、あの地下一階と四階を結ぶ装置と同じ使い方をするでしょうから、Aの突起を押せば、少なくとも上の階に戻れると思いますよ」
「今は戻ったが良いだろーな」
ジェフが地図を見ながら応え、ケインも頷いている。
「ウォーリィには悪いが、俺は町に戻りたい」
そして珍しく、ビルがウォーリィの顔を正面から見据えた。先程の回転床の影響が、未だ完全には消えていないのだろう。ウォーリィも先程のビルの様子を見ているので、こう言われると反対出来ない。
「突起押して、帰るしかねぇよな」
ウォーリィは少し残念そうに、並んでいる突起の中から、Aと描いてある突起を選んで押した。皆が一瞬、眩暈を感じると、扉の前に立っていた。ジェフが一応、明瞭の呪文で確認すると、確かに地下四階にいる事が判った。その扉を開けると、小さな部屋になっていて、床一面に青く輝く魔法陣があった。地下四階の別の所の、青い煙が出て来た所に描かれていた魔法陣と同じ物のようだ。ケインが青い綬を持っている所為か、今は何の反応も見せない。そして正面には扉があり、その扉を潜って振り返ってみると、青っぽい金属の板が貼ってあり、『私的直通昇降機。許可のない者は使用禁止』と書いてあった。
「この装置を、昇降機と言うんだ」
アンディが感心したような声で言う。
「何処迄、直通だってんだろーな」
「Fって描いてあった突起、押してみりゃあ判るだろ。まあ、突起は六つあるんだから、地下九階までってぇのが、順当なとこだろうな」
ケインが扉に貼ってある板を見ながら、不思議そうに言い、ウォーリィが悔しそうな口調で応えた。
「多分。だけど町でゆっくりと休んでからだ、何をするのも」
アンディがウォーリィに応え、心配そうな顔をビルに向けた。
「悪いなぁ」
ビルは大丈夫だと言うような顔で、アンディに笑い掛ける。そして、先頭に立って、地下一階への昇降機に向かって歩き出した。
町まで戻って来たが、ジェフとソフィーは何時もの如く、賢者の所と、カント寺院に行くと言って町の入口で別れた。そして、ギルガメッシュの酒場に向かって歩いていたアンディ達だったが、あと十歩程で酒場に着くという所迄来た時に、ビルがいきなり立ち止まった。
「どうかしたのか?」
「俺、今は酒に触れたくない。悪い、今日は三人でやってくれ」
不思議そうな顔のアンディに応えたビルは、片手を上げながら冒険者達の宿の方へ歩いて行った。
「やっぱ、未だ回転床の影響が残ってんのかねー」
ビルの背を見送ってケインが言う。
「……そう言やあ、回転床に続けて乗っかると、悪酔いした次の日と同じような状態になるとか言ってたな」
「え?」
ウォーリィがビルの背を見送りながら言ったのに、ケインは虚をつかれたような顔をした。
「よーするに、二日酔いになってんのと同じなのか、今のビルって」
「そうなるな」
ケインの言い様に、ウォーリィが少し肩を竦めながら頷いた。
「だったら、今は酒の匂いを嗅ぎたくもないだろう」
アンディは気の毒げな顔を見せた。
「ま、俺達だけで、飲もーぜ。たまにはさ」
ケインが言い、三人は少し心配そうな顔をしながらも、ギルガメッシュの酒場に向かって行った。
大事を取って、三日程のんびりと町で休んでから、アンディ達はワードナの迷宮に入って行った。
「あの、私的直通昇降機てぇ奴を使うんだろ?」
地下四階までの昇降機に向かいながら、ウォーリィが皆の顔を見回した。
「それが良いでしょうね」
ジェフが地図を見ながら応えた。
アンディ達は、『私的直通昇降機』のFと描いてある突起を押して移動した。そこでジェフが明瞭を唱えると、予想通り地下九階にいる事が判った。
「別に、これと言って、変わった所はねーよな。これの何処が、直通だってーんだ?」
ケインは不満そうに、誰にとも無く問い掛けた。
「動こうぜ。でなきゃ、判んねぇだろ」
ウォーリィは早々に部屋から出て、部屋の外から皆を見ている。
「そうだなぁ」
ビルが何時ものようにのんびりと言い、皆が部屋から出た。すると両側に扉があって、正面の通路は直ぐ左に曲がっていた。
「左が良いかなぁ」
ビルが誰にとも無く呟いた。何時もなら、そう言いながら自分で扉を開けるのに、今はウォーリィに視線を向けるだけだった。
「んじゃ、開けるぜ」
ウォーリィが扉を開けると、大きな翼を持った龍のような奇妙な動物が三匹いた。
「ワイバーンです。爪に毒を持っています。気を付けて下さい!」
ジェフが戦士達に声を掛けた。
「我が神カドルトよ、御身の恵み、より広く強い幕となし、戦に赴く我らを包み給え。祈願!」
ジェフの声を聞いたソフィーは、防御の為に呪文を唱えた。栄唱が終わり、気合いの籠ったソフィーの声が聞こえると同時に、何時ものように全員の身体が微かな光を放った。
戦士達が何とか爪を掻い潜り、何度か切り掛かると、ワイバーンは動かなくなった。
「良く知ってたなぁ。ジェフ」
ワイバーンの爪を改めて見ていたビルが言う。ジェフが言った通り、爪にはかなり強力な毒を持っていたのだ。
「ワイバーンは、飛竜とも呼ばれます。昔は騎乗用に使われていましたが、今では制御するのが難しいので、あまり見掛けなくなりました」
「これに乗ってたのか? 昔の人って」
少し気味悪そうにアンディが聞いた。
「ええ。尤も、遠く迄旅をしなければならない、貴族等が使っていただけですけれど」
ジェフは肩を竦めて応えた。
「とにかく、九階の地図描きを終わらせる事だよなぁ」
「じゃ、正面の扉開けよーぜ」
ビルの独言に、ケインが言を添えた。
何度か町と地下九階を往復して、一応の地図は出来上がった。大雑把に言えば、小部屋が幾つか繋がり、一周できるようになっていたのだが、下りの階段が見付からなかった。
「下に降りるにゃ、どうすりゃあ良いんだ?」
ウォーリィが不機嫌そうな顔で、皆を見回す。
「恒光の呪文を掛けてもらっていますから、隠し扉の見落としは無いと思います」
「とにかくもう一度、歩いて見よう」
宥めるようなジェフの応えを聞いたビルが、皆を見回して歩き出した。
アンディ達は、見落としがあるかも知れないと、何時もとは逆に、右回りで歩く事にした。幾つかの部屋を通り過ぎ、大広間のような部屋に入った途端、黒く光る鱗に覆われ、銀色の角を持つ、見ようによっては、牛にも見える奇妙な動物に襲われた。
「ソフィー、防御を!」
珍しくビルはソフィーに言い置いて、敵に切り掛かって行った。アンディとウォーリィも遅れじと、その奇妙な動物を取り囲んだ。
「角に注意して下さい!」
角に何か感じる事があったらしい、ソフィーが叫んだ。その声が聞こえたのか、角を避けようとせずに、攻撃を掛けようとしていたウォーリィが、一瞬身を翻した。ウォーリィの後ろにいたアンディは、その咄嗟のウォーリィの動きに驚きもせず、そのまま勢いを殺さずに、旨く角を躱し、その奇妙な動物に止めを指した。
「ソフィー。これが何だか知っているのか?」
アンディは今まで戦っていた、奇妙な動物を剣で指した。
「いえ。ただ、昔祖父が、銀色の角に突かれると石化すると言っていた事があったものですから」
ソフィーは柔らかな笑顔をアンディに向ける。
「石化?」
「魔物には、人を石化する能力を持つものがいるそうですわ。聖呪文で治す事はできますが、石化などしないにこした事はありませんしね」
そんな話をアンディとソフィーがしている間、ケインは上機嫌で、宝箱を調べていた。階が深くなるにつれて、罠も難しくなっているらしく、階を下るごと、ケインは宝箱をいじっいる時の機嫌が良くなっている。
「瞬間移動か」
中でも瞬間移動の解除は一番難しい。その所為か、瞬間移動の罠を解除している時、ケインは一番楽しそうにしていた。
「こんなの構造が判ってんから簡単さ。そら……しまった!」
ケインの叫び声が聞こえたと思うと、宝箱の蓋が音を立てて勢い良く開き、金貨と幾つかの品物が飛び出した。そしてアンディ達は、何処か別の場所に飛ばされた。
宝箱に仕掛けられた罠で飛ばされた所は、扉の前だった。ジェフが何時もの如く、明瞭の呪文で確かめると、未だ九階にいるらしい。
「何やってんだ!」
ウォーリィが怒鳴る。
「すまねー」
「まあ、無事だったんだし、良いじゃないか。失敗を責めてもしょうがないだろ?」
済まなそうに言うケインに、アンディが声を掛けた。
「で、どうすんだ?」
動こうとしない皆をウォーリィが見回す。
「一応、九階に居る事は居るのですが、未だ来た事がない場所ですから」
「未だ来た事がない?」
ジェフの言い様に、アンディ不思議そうな声で問い掛けた。
「ええ」
「やっぱ、見落としがあったんだ?」
「この調子だと、そうなります」
からかうような調子で言うケインに、ジェフが応える。
「歩くしかないなぁ」
「取り敢えず、この扉開けようぜ」
ウォーリィが目の前の扉を剣で指し示した。
「そうだなぁ」
ビルが皆の顔を一応見回し、おもむろに蹴り開けた。
そこは少し大きめの正方形の部屋だった。部屋の中には、毛むくじゃらで、手の爪が異様に伸びている奇妙な動物が居た。
「よう、お前等、何で此所にいるんだ?」
「……え? 何でって言われても……」
迷宮内で話し掛けられた事などない。それに、人の言葉を話せるとは思わなかった相手から話し掛けられて、少し混乱したような声で、ケインが思わず応えていた。
「罠の解除に失敗したんですよ」
ビルが奇妙な表情で応えた。戸惑っているようではあるが、瞳は警戒の色を見せている。その横でアンディは珍しく、不機嫌そうにしていた。
「そうかぁ……。じゃあ、お前達、あまり強くないんだね」
奇妙な動物が、心底楽しそうに笑うと、いきなりアンディに飛び掛かった。
「何をする!」
アンディは辛うじて爪を剣で押し返した。
「ふふん。弱い奴は、死ぬってのが、この迷宮の掟だよ」
奇妙な動物は、更にアンディに切り掛かる。
「お前、フラックだな」
ビルが剣先を奇妙な動物に向けた。
「そうだけど、何で知っている? まあ良いよ。そんな口をきいて、生きている奴は居ないしね」
そう言ってフラックは炎を吐いた。龍の吐く息程の威力は無いが、毒が含まれていたようで、アンディ達はそれぞれ、身体の外と内から炙られるような苦痛を味わった。
「ふうん。それなりに、出来るんだね。でもこれでお終いさ」
後ろにいた、ケインとジェフはかなり深刻な痛手を被っていたが、戦士達が自分の吐いた炎に倒れなかったので、フラックは奇妙に伸びた爪で、目の前の戦士達を引っ掻こうとした。
「こいつみたいになるが良いよ」
フラックの後ろにある石像に、ビルが視線を少しだけ向けた。その所為か、ビルはフラックの爪を避け損なった。
「ビル! ……この野郎!」
爪に引っ掻かれたビルは、見る間に石像と化した。石化したビルを見たウォーリィとアンディは、爪に気を付けながら、果敢に切り掛かって行った。
「我が神カドルトよ、この者の命の力を蘇らせ給え。この者に身体の力を今一度、蘇らせ、この者の身体を苛む悪しきものを、全て取り除き給え。完治!」
ビルが石化したと判ったと同時に、ソフィーは呪文を唱えていた。ソフィーの鈴のような、綺麗な声が響くと同時に、ビルは身体の自由を取り戻していた。
尤もフラックは、アンディとウォーリィの連続攻撃を躱し切れず、ビルが攻撃に再び加わる前に地に伏した。
「……何とか、倒したな」
アンディが未だ信じられない、とでも言いたげな顔で、フラックの死体を見下ろしていた。
「身体の方は大丈夫ですか? ビル」
「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう、ソフィー」
ソフィーが少し心配そうに言うのに、ビルは剣を腰に戻しながら応えた。
「こいつみたいに、とか言っていたけど、この石像、誰なんだろう」
アンディがフラックの死体から、部屋の隅に置かれていた、石像に視線を移して、誰にともなく言った。
「どっかで見た事あるよーな……。そうだ、あのマーフィーズ・ゴーストとかって、ゆーれーに似てんぜ」
ケインが言いながら、拳で軽く石像を叩いた。
「マーフィーズ・ゴースト?」
アンディが聞き返し、石像に何気なく触れる。その刹那、アンディは支えを失った人形のように音も無く頽れた。
「アンディ!」
ウォーリィが叫び、ビルは咄嗟にアンディを支えようと手を差し延べる。
「我はマーフィー」
ビルの手は間に合わず、倒れたアンディが起き上がり、何処か呆然としたような表情で皆を見回した。
「マーフィー? ポール・マーフィーとか言う奴か?」
「いかにも」
ウォーリィの問い掛けに、アンディが幾分はっきりとした声で応えた。
「その身体は、アンディのもんだぜ」
「具合が良いので、今だけ貸してもらった。案ずるな、我が伝えたい事を全て伝えれば、直ぐに返そう」
アンディが言った。要するに、マーフィーがアンディに乗り移ったのだ。
「伝えたい事?」
「ワードナを倒してもらいたい」
マーフィーは素っ気なく言う。
「そりゃ、あんたに言われるまでもねぇぜ。でも、何でだ」
「我は神秘の護符を手に入れる為、霧の深き谷へ三人の者と共に降りた。そして、彼等は神秘の護符を手に入れる代償に我を選んだ。かのトレボーがそう言い渡したと言ってな」
「学友じゃなかったのか? お前と大君主は」
ビルが聞く。かなり前、マーフィーズ・ゴーストと戦った後に、酒場でエドモンドがそんな風に言っていたのを思い出したのだろう。
「いかにも。そして、トレボーが我を代償にせよと言ったと言うのは嘘だ。三人のうちの一人が、トレボーの言葉を曲げて伝えたのだ。トレボーは代償にするのは、我以外の者にするようにと言ったのだ」
「へぇ」
「まあ、こうなってはいたしかたない」
マーフィーは穏やかな様子で言う。その三人を呪いもしただろうに、今は、彼等に何かをしようとは考えていないようだった。
「石化しているのでしたら、私が呪文を掛けましょうか? 完治の呪文なら、石化を解く事も出来ますわ」
「無理だ。これはフラックにされたものではなく、一種の呪いだからな。それにこの体も、本来の我とは違う。本来の我の体は既に、霧の深き谷にて……。まあ言っても詮ないことだ。それに、ただの石化なら、我がこのように幽霊に等なっている筈がなかろう。それより、ワードナを倒してくれるのか?」
「言うまでもねぇってんだろ。大体、ワードナを倒す為、以外の理由でこの迷宮に入る奴なんていねぇぜ」
「そうか。護符はどうするつもりだ?」
ウォーリィの応えに、マーフィーはまるで関係がないような事を聞く。
「何で、そんな事を聞く?」
ウォーリィが、何とか癇癪を押さえながら言った。関係の無いような質問をいくつもされて黙っていられる程、ウォーリィの気は長くない。
「あれは、人が持っていて良い物ではない。もう一度聞く。神秘の護符を、どうするつもりだ?」
「俺達が持っててもしょーがねーからなー、大君主に渡すんだろ?」
ケインが皆の顔を見回す。皆はそれに応えて、小さく頷いた。
「……ならば、一つだけ言っておく。神秘の護符に触れたいのなら、普通の籠手などではなく、真銀の手袋を着けて触れる事だ」
マーフィーは少し何か考えていたようだが、おもむろに言った。
「真銀の手袋? 何でだ?」
「神秘の護符の力から身体を守る為だ。魔物でさえ神秘の護符に直接触れると蒸発してしまうと言う。ワードナも懲りただろうから、多分護符の側に置いてあるだろう。真銀の手袋は、神秘の護符の力から人を守る為だけに作られた、特別な手袋だ」
ウォーリィの問いに、マーフィーは面白い秘密話を打ち明けるような、笑いを含んだ調子で応えた。
「なんで、そんな事教えてくれんだ?」
「そうさな、この者の心が心地好かったから、とでもしておこうか」
マーフィーはそう言って、今取り付いているアンディの身体を指し示した。
「そうだ。それとは別に一つ頼みたい事があるのだが、良いか?」
「何だ? 無理な注文じゃなけりゃ、聞いてやるぜ」
マーフィーは口調を変えた。それに気付いたウォーリィが、こちらも軽い口調で応える。
「何、簡単な事だ。そこにある石像を壊してくれぬか」
そう言ってマーフィーが指し示したのは、マーフィー自身の石像だった。
「石像って、これか? そんな事したら元に戻れねぇだろう?」
「どの道、元には戻れぬ。言いたい事は全て伝えたし、我も疲れた」
「アンディは大丈夫なんだろうな」
少し心配そうにウォーリィが聞く。
「この者か? 何の影響もない。この者の力を借りても良いのだが、それでは、この者に負担がかかり過ぎるからな」
マーフィーは不思議そうな顔をしたが、直ぐに柔らかな笑顔で応えた。その顔は、本来の身体の持ち主のアンディでさえ、見せた事がないような、鮮やかな笑顔だった。
「ふうん。なら、俺が壊してやるよ」
「剣では傷が付かぬかもしれぬがな」
マーフィーはウォーリィを見て、揶揄するように言った。
「そうなのか? まあ何とかするさ」
「頼んだぞ」
マーフィーが消えたのか、そう言うと共に、アンディの身体から力が抜け、その場に頽れた。
「おい、アンディ。大丈夫か?」
「……ああ」
アンディは、未だ意識がはっきりしていないようだが、マーフィーの言った通り、身体に異常はないらしい。
「さてと。剣じゃ無理なら……ソフィー、その槌鉾貸してくれねぇか?」
剣では駄目なのなら、聖別されたものならば、大丈夫だろうとウォーリィは思った。それでも壊れないなら、何か別の方法を考えれば良い。
「どうぞ」
ソフィーから槌鉾を借りて、ウォーリィがマーフィーの石像を叩くと、それ程力を入れた訳でもないのに、石像は二つに割れた。そして大きな音を立てて倒れた破片は、見る間に塵になって、迷宮内に散ってしまった。それを見ていたアンディは、首を巡らせて、何かを探すような仕種を見せた。まるで身体の回りを、何かが巡って行ったような様子だ。そして複雑な表情で、腰に差した短刀に触る。マーフィーの石像が壊れる様子は、丁度、人が喪失する時と同じ様だったのだ。
「これで、良かったのか?」
「ああ。これで、彼も安らかな眠りにつけるだろう……」
アンディがそう言って、瞳を閉じる。その顔は穏やかだが、少し青褪めていて、悲しそうな表情を浮かべていた。
「行こう」
ビルは踵を返して、部屋から出て行った。