町に戻ったアンディ達は、傷が癒えるまで休む事にして、冒険者達の宿に部屋を取った。そして鋭気を養おうと言う事になり、ウォーリィがギルガメッシュの酒場に皆で行こうと言い出した。しかしソフィーはカント寺院へ行くからと断り、ジェフはボルタック取引所へ行ってみたいし、それに会いたい人がいるから、後から行くと申し出た。それではしょうがないとアンディ、ビル、ウォーリィ、ケインは既に酒が入ったように盛り上がりながら、ギルガメッシュの酒場へ向かった。
酒場はかきいれ時なので結構混んでいた。
「席はあるかなっと」
ウォーリィは店内を見回している。そんなウォーリィの様子を見た、酒場の親父は奥を指差した。それに気付いたアンディが促す。
「奥の方にあるみたいだ」
四人は酒場の奥へと移動して行った。奥には丁度五人座れる卓が開いていた。席に付くと、酒場の親父にそれぞれ酒と軽い食事を頼んだ。
「やっと人心地ついたってとこかなぁ」
「しかし、ソフィーはカント寺院に行くって言ってたよな。あれでよく息が詰まんねーな」
酒を飲みながらケインが言う。
「やっぱり僧侶ともなると、精神の構造が普通人と違うのかね」
ウォーリィは呆れたように息をつく。
「そんな事はないと思う。戦士や盗賊とは気の張り方が違うんだろう。だからあまり疲れないんじゃないか?」
「そんなもんか?」
アンディが言うのに、ウォーリィは何か言い返したそうにしていたが、判らない事を考えてもしょうがないと、ビルが話題を変えた。
「そういやぁ、ジェフは誰に会いに行ったんだ?」
「賢者のとこだって、言ってたぜー」
「何か聞きに行ったのかなぁ」
ケインの答えを聞いてビルが呟く。
「さあな。こう言っちゃ何だが、エルフの考える事ってぇのは、ただでさえ分かり難いぜ。魔術師ってだけでも、十分判らないてぇのに」
ウォーリィが肩を竦める。その時、入口の扉が開きジェフが入って来た。
「妙な顔してるなぁ、ジェフ。どうしたんだ?」
ビルが訝しげな顔でジェフに椅子を勧めた。そのジェフは、彼にしては珍しく、首を傾げている。
「賢者の所に行った後で、ボルタックの主人に、この鍵の事を聞きに行ったのです。しかし、主人は知らないと言いますし、それならとこの鍵の鑑定を頼みましたら、法外な値を付けられてしまいまして」
「いくらふっかけられた?」
ケインがジェフから、鍵を受け取って聞いた。
「15万金貨です」
「これの鑑定ってぇのは、そんなに掛かんのか?」
ケインの持っている鍵を見ながら、ウォーリィは鍵にそんな価値があるのか、とでも言いたげである。
「そんだけ重要な品物だって事かなぁ」
ビルはぼんやりとケインが手にしている鍵を見ていた。言ってみれば、何処にでもあるような古びた鍵だ。
「そうでしょう。しかし、それだけの金貨を集めようと思うと、どれくらい掛かるか判りません」
「鑑定なら、俺がしてやろうか?」
いきなり後ろから太い声が割り込んできた。見れば背が低く、焦茶の肌と真っ白な髪を持った人物だった。胸には復活神カドルトの紋章が緑色で描かれていた。慈善派の神官らしい。種族の方はその大きな鼻を見るまでも無く、ノウムだろうと思われる。呆気に取られているアンディ達の顔が目に入ったのか、男は自己紹介を始めた。名はエドモンド・フィードラー。見掛けの通りノウムである。職業は僧侶では無く司教だと言う。エドモンドは司教だけが使える品物鑑定の呪文で、その鍵も鑑定出来るだろうと、ジェフの話に口を挟んだらしい。
「あの親父は鍵とかの類いは、法外な値を付けると聞いた事があってな。俺達は修行の時に、品物を見分ける特殊な呪文を教わる。だから多分判ると思うぞ。貸してみな」
エドモンドはそう言い、周りの人に聞こえないような小声で付け足す。
「そうそう、この事はボルタックの親父には内緒な」
エドモンドはジェフから鍵を受取り、このうるさい酒場の中で瞑想を始めた。エドモンドの顔が険しくなり、口から呟きがもれると顔を上げた。
「これは青銅製の鍵だ。しかし未だ探索を始めて間がないように見えるが、良く見付けたな。何年も迷宮内を探索して、未だ見付けられない奴も居るってのに」
「よろしかったら、一緒に飲みませんか? お話もお聞きしたいのですが」
エドモンドが鍵を返しながら、アンディ達の顔を見るので、皆の顔を一応見回してから、ビルが柔らかい声で申し出た。
「良いのか。じゃ遠慮なく」
エドモンドは、自分の座っていた椅子と杯を、卓の側迄持って来た。
エドモンドは魔術師や僧侶から職業変更したのでは無く、訓練場で登録した時から、司教の職業にあった。そういう者達に共通して言える事だが、かなり経験を積んだらしいのに、呪文を使うのは、余り得意ではないと言う。長い間探索をしてきたのだが、迷宮内で探索をするよりも、町で布教する方が性にあっているように思えて、迷宮に入るのをやめ、布教をしながら、探索をしていた頃をしのんで酒を飲み、冒険者達の話を聞いて回るという生活をしている。尤も修行だけは、今も続けているとは言っていた。今日も、酒を飲みながら、面白そうな話はないかと冒険者達の話を、聞くとはなしに聞いてると、ジェフの声が耳に入ったのだった。元来喋るのが好きな方で、直ぐに他人の話に口を突っ込む癖がある。しばらくは、自己紹介とエドモンドの冒険談を、それぞれが相槌を打ちながら聞いていた。
「そう言えば、えらく強い幽霊にも会ったんです。エドモンドさん、そいつが何者か知りませんか?」
冒険談に不死者が出て来た所為で、一階での出来事を思い出した、アンディが、思い切って聞いてみた。
「一階でえらく強い幽霊ねえ……。それってマーフィーズ・ゴーストじゃないか? ポール・マーフィーって大君主の御学友だそうだが、何時も普通の町人と、同じような格好で現れると言われてる」
「そうだったっかな。何しろ強かったとしか覚えてないよ、俺は」
アンディが肩を竦めた。倒せるのかという疑問と戦いながらの戦闘だったので、アンディには、相手の装備を覚えているだけの余裕がなかったのだ。
「少なくとも、鎧なんかは着けてなかったぜー、あのゆーれー」
戦いに加わっていなかった所為か、ケインが言い、ウォーリィがエドモンドに話の続きを促すように質問した。
「で、そのポール・マーフィーってのは、どうしてこの迷宮に幽霊となって出て来るんだ? それに、そういう言い方をすんなら、冒険者に倒されても成仏できねぇで、何度でも出てくるって事だろ? 何か恨みでもあるんじゃねぇの?」
「そこら辺は判らないが、噂によるとあのワードナの迷宮に、普段着のまま迷い込んで―考えてみると無謀だよな―フラックとか言う魔物に殺されたと言う。この時に半殺しの目に会ってから殺されたらしく、えらく強い恨みを残したらしい。尤も身体は石にされて、今でも迷宮の中に残っているとも言われてるな。だから成仏出来ないんだと。そう言えば、迷宮の奥にはこのフラックという奴が、今でも冒険者を待ち伏せしていると言う噂もあったな」
そこまで話してエドモンドは立ち上がった。
「じゃ、俺はこれで失礼する。まあ、また会いたくなったら、この酒場に来れば良い。昼間は布教や修行をしてるが、夜は大体此処にいる。出来ればもう少し経ってから、探索の話をしに来てくれないか。布教の方が向いているとは言え、未だ探索の事も忘れられなくてな」
そう言ってから、エドモンドはやけに真面目な表情になった。
「そなた達が幸運であり、そなた達にカドルト神の加護あらん事を」
そう付け加えてエドモンドは去って行った。
「なかなか面白そうな人だなぁ」
「ああ。良い人と会えたよな」
それから五人は探索の事には、一切触れずに陽気に酒を飲んだ。
盆を持った親父が近付いて来て、閉店の時間だと言う。周りにも客は余りいなくなっていた。
「もう、そんな時間なんだ。じゃ宿に帰って休もうぜ」
ウォーリィが軽い物腰で立ち上がる。それなりに飲んでいるはずなのに、呂律も、足腰もしっかりしたものだった。
「ソフィーはもう帰ってるだろうなぁ。そうだ、あの幽霊の話とフラックとか言ったっけ? あの魔物の話。ソフィーに話しといてくれないか、ジェフ」
「判りました」
そう答えたジェフも、かなりの量の酒を飲んだはずだが、酔ったような素振りは露程も見せない。そして、アンディ達はそろって酒場を出た。
一方、ソフィーは、皆と別れてからカント寺院へ行き、『礼拝の間』で祈りを捧げていた。この探索の無事を感謝し、次の探索への神の祝福を祈っていたのだ。そこにこの寺院で、最高司祭の手伝いをしている高司祭が来て、ソフィーの傍らで祈り終わるのを待っていた。ポーグロムのカント寺院では、例え最高司祭でも、他人の祈りを邪魔してはいけない事になっている。これは今の最高司祭が、前任の最高司祭と変わった時に決めたもので、この二年の間に全ての信者に行き渡った決まり事である。今の最高司祭はほんの二年前に、前任の最高司祭と変わったばかりで、未だ若いのだが、その信仰心の厚さと人柄の温厚さは、前任の最高司祭にも勝っているであろうとの、もっぱらの評判だった。
新しい松明が燃え尽きてしまうくらいの時が経った頃、やっと祈りが終った。その時、ソフィーは側にまるで控えるかのように座っている、高司祭に初めて気が付いた。祈りに集中していた所為で、側に人がいる事に今まで気付かなかったのだ。
「高司祭様、何か私めに御用でしょうか」
「最高司祭様がそなたは十分な経験も積んで、力が増しているとおおせられてな。呪文書に新しい呪文も現れたであろうから、それらの呪文の使い方を教え申せとの事だ」
高司祭は何でも無い事のように言い、立ち上がる。
術者が持っている呪文書には、始めから全ての呪文が書かれている。しかし所持者の力が、呪文を操れるような力を呪文書に送らなければ、どんな呪文が書かれてあるのかすら判らない。充分な力を送れば、呪文書に書かれてある呪文が、浮き出て来るのだ。そして、一度浮き出た呪文は、消える事はない。しかし、呪文書には名称と栄唱が浮き出るだけであって、正確な使い方までは判らない。この為、術者は新しい呪文が浮かび上がると、呪文の効力を知っている者達に聞く事となる。これは僧侶達が使う聖呪文も、魔術師達が使う妖呪文も同じであり、聖呪文は所属している寺院の高司祭等から、妖呪文は賢人や賢者から教わる。
「謹んでお受けいたします」
「ではこちらに参られよ」
その高司祭は『礼拝の間』の奥へとソフィーを導いた。其所には『授呪の間』と呼ばれる小さな部屋があり、部屋の壁は書で埋まっていた。部屋の中央に机があり、普通の呪文書よりも、かなり厚い書が一冊乗っている。『祈りの書』と呼ばれるその書は、全ての聖呪文の栄唱と、その効果が書かれている。高司祭ともなると、この書を見なくても呪文の説明など可能なはずなのに、呪文の説明はこの部屋で、そして呪文を教える者は必ずこの書を開き、内容を確認しながら行う取り決めになっている。
高司祭は慣例通り、『祈りの書』を見ながら、ソフィーに呪文の使い方を説明していった。
アンディ達はそれぞれ町で充分に休み、例のごとく、入口であのドワーフに嫌味を言われながら迷宮に入った。
アンディの提案で、一行は暗闇の探索をする事にした。ジェフが地図を描き難いと零していたが、あんな看板があるのに嘘だったのでは、何か秘密があると思うのが当然である。この暗闇の中では、光明の光も辺りを照らさずに、闇の中へ溶けていった。そういう訳でジェフが明瞭を使いながら地図を描き、その結果かなり細長い空間だという事が判った。その一番奥にある小さな空間にだけは、発光苔が生えていて、そこには突起が四つあった。
「A~D、突起を押して下さいかぁ。どうする?」
ビルが呟き、珍しく皆の意見を求めた。
「A、B、C、Dの四つ。Dを押してみようぜ」
ウォーリィが突起を押すと、突起は抵抗も無く壁に沈んだ。アンディ達は一瞬眩暈を感じ、それが治まってから辺りを見回すと、暗闇が何処にも見えない。驚いている内にどうやら移動してしまったようだが、此処にも先程と同じような突起が四つある。しかし、此処でぼけっと立っていても仕方がないので、少し歩いてみようかと歩き出したその時、大きな生き物が襲い掛かってきた。
「あれは! 龍です! 噂より小さいようですが、今の私達が勝てる相手ではありません! 此処は退却して下さい!」
ジェフが何時に無く慌てて言った。ジェフの様子が何時もと余りにも違うので、今回はウォーリィも文句を言わずに退却した。龍は腹が減っている訳では無いらしく、追って来ようとはしなかった。
「少なくとも此処は、今の私達が来ても良い所ではありません。早々に戻りましょう。あの四つの突起を押せば、元の場所に帰れると思います」
皆が一息ついた頃、ジェフが言った。幾分早口で言うジェフを、アンディは珍しいものを見るような目で見ていた。こんなに慌てるジェフは初めて見る。何時も冷静で、おっとりとも見えるジェフが何故、とその瞳は言っているようだ。
「その前に、此処は何処なのか調べてくれないか? ジェフ」
そう言うビルに判りましたと答えて、ジェフは栄唱を始めた。
「定められし所、今我にその場を明かせ。明瞭! ……! 此所は四階です。一般に下の階の方が敵が強いと言われていますから、今の私達の実力では敵に勝つどころか、餌にされてしまうでしょう」
「今度来たら、皆俺が倒してやるぞ!」
ジェフの言葉を聞いて、ウォーリィが悔しそうに怒鳴った。
「けれど、どの突起を押せば帰れるのでしょうか」
ソフィーが心配そうにしている。
「A~Dの突起があって、Dが四階ならAが一階を指すでしょう」
そうジェフが言うので、ケインがAと書いてある突起を押すと、又一瞬だけ眩暈を感じ、我に返ると一行は、暗闇の見える所にいた。
「この様子だと、一階に戻ってきたんじゃないか? ビル」
ウォーリィが回りに忙しなく視線を向ける。先程のように龍に奇襲でもされては適わない。
「そうだとは思うがなぁ……ジェフ、確認してくれないか?」
辺りを見回しながら言うビルに、頷きを返してジェフは呪文を唱えた。
「間違いなく一階にいます。とにかく、この暗闇の中の探索を終わらせてしまいましょう」
呪文を唱え終わったジェフがほっとしたように言い、アンディ達を促した。彼等は壁にぶつかりながら、暗闇の中の探索を続けた。暗闇の中は壁も無い、歪な形の大きい一つの部屋のような作りになっていたが、一つだけ小部屋があった。そして、暗闇の探索の最後にアンディ達は、その部屋の中に入った。
部屋の中は怪しげな光が灯っていて、真ん中に長い法衣を着た小柄な男がいた。そして、アンディ達が部屋に入るなり振り返り、叫んだ。
「異邦人達よ、去れ!」
その男は手を振り奇妙な言葉を発した。
「ミームアリフ・ペーイレーザンメ ミームアリフ・ヘーアー・ミームアリフ ダールイ・レーザンメ・ミームアリフター!」
男の気合いの入った声を、聞いたと思った途端、アンディ達は全員が意識を失った。
アンディ達の意識が戻った時、彼等は町の入口に倒れていた。
「どーなってんだ?」
ケインが不思議そうにしている。
「あの男の人は、私達を町へと瞬間移動させる呪文を使ったのでしょうか。私はあのような呪文は、聞いた事はないのですが」
「あれは、真呪文の一種だと思います」
ソフィーが問い掛けるように言い、ジェフは少し疲れたような様子で、頭を振りながら応えた。
「かと言って、このまま宿に行くのもしゃくだし、もう一度迷宮へ行くか」
ウォーリィが言いながら、迷宮の方へと歩き出す。ビルも珍しく何も言わずにウォーリィに続き、アンディもビルの後に続く。
「あの親父に計られたよーで面白くねーな」
ケインもウォーリィ達に続き、一人疲れたような表情のジェフは、それでも何も言おうとせずに付いて行く。
「薬石の呪文を掛けましょうか」
「いえ、大丈夫です。未ださっきの呪文の衝撃から、抜け出ていないだけですから。多分、歩いているうちに回復します」
ソフィーがそっと言うのに、ジェフは少し疲れたような様子でそう答える。そして、ジェフはソフィーの後にゆっくりと付いて行った。
先程の探索で暗闇の中は、ほぼ全容が判ったので、未だ行った事が無い、一番奥の一角を探索する事にした。此処は細長い通路と、小さな部屋が固まっている所である。注意深く回りを見ながら進んだけれども、途中盗賊の一味や、オーク、コボルドの一団に会った他は何もなかった。要するに、普通の空間だったのである。一回りした頃にジェフが、一応地図が完成しましたと言った。アンディ達は町に帰って休憩してから、地下二階に行く事にした。
町で充分休憩した後、アンディ達は地下二階にいた。階段を降りている時に、何かがジェフの癇に触ったので、階段の位置を確認すると、移動させられたらしく、一階の地図で言えば真ん中辺りにいる事が判った。
「さあて、頑張るとするか。敵も強力になってくるって噂だしな」
「ウォーリィは呑気だな。これからどうなるか判らないのに」
ウォーリィの言い様に、アンディが呆れたような声を出す。ある程度の緊張感は大切だが、ウォーリィは緊張感が少し足りないし、アンディは未だに、緊張しすぎるぐらいに、緊張してしまう。
「アンディの神経が細か過ぎんだ。そう思わねぇか? ケイン」
「そうだぜー。もっと、ず太く生きなきゃな」
ケインがアンディの肩を、軽く叩きながら応えた。敵との戦闘に入ると、そうでも無いのだが、探索中は、アンディの肩には力が入り過ぎているようだった。こんな調子でよく、練習の通りに剣が振れると、ウォーリィはいつも不思議に思う。戦闘中のアンディは、本当に適度な緊張感に包まれる。それが、探索中はなぜ、あんなに肩に力が入ってしまうのだろう。
「さぁ、何が待ち受けるかは判らないが、行こう」
ビルがのんびりと促す。その言葉を聞きながら、ソフィーは見慣れない小さな瓶を撫でていた。
下って来た階段から少し北に行くと、扉があり左側に通路が伸びていた。
「どっちにするかなぁ」
例のごとくビルが呟く。
「左の方が面白そうだぜ。左にしよう」
ウォーリィが勝手に決めて、左の方に行ってしまった。別に反対する理由も無いので、アンディ達もウォーリィを追った。少し行くと右側に扉があり、通路は左に曲がっていた。ウォーリィは、アンディ達が追い付いて来たのを確認すると、右側にある扉を開けた。部屋に入るなり、天井から銀色の霧が降りて来た。霧の動きが止まったと思うと、突然大きな悪魔の姿が現れ、アンディ達は恐怖に震えて飛び出した。
「ぶるる。何だったんだ? ありゃー」
ケインが扉を恐る恐る振り返る。
「銀色の霧に、何か仕掛があったようですね。闘争心を、恐怖心に変える働きを持ったものだったのではないでしょうか。私達は入ってはいけない場所に、入ってしまったのだと思いますわ」
ソフィーはウォーリィの様子を見ていた。何時もなら真っ先に攻撃を仕掛けるであろうウォーリィが、一番に飛び出したのだ。部屋から出ると霧の効果も無くなったらしく、ウォーリィも何時もの調子に戻っていた。
「とにかく別の所を見てみようぜ」
「そうしよう。こうしていてもしょうがないしなぁ」
今度はビルを先頭に歩き出した。左に続く通路を少し行くと、正面に扉があり、通路の方は左に曲がって直ぐ、突き当たりになっていた。
「また悪魔が出る、てのは無しにしてもらいたいなぁ」
ビルが呟き、扉を開けると今度は部屋が青銅色の煙で満たされ、視界が遮られたが、悪魔等は出ては来なかった。何も出て来ないのであればと、ウォーリィが奥に行こうとしたが、どうしても足を進められなかった。ケインはさっさと扉を開けて、元来た通路の方へ出て行ってしまっている。
「奥に行けないなら、しかたないなぁ」
ビルが呟きながら、外に出るとケインが、扉を見て変な顔をしていた。
「どうした?」
「此処に青銅色の鍵穴があんだ。今調べたんだが、普通の鍵穴じゃねーし、第一、この迷宮の他の扉に、鍵穴なんか付いてた事もねーしな……」
不思議そうなビルに、ケインは針金を弄びながら答えた。
「青銅色? あの青銅製の鍵を、差し込んでみても、良いかもなぁ」
ビルは呟き、アンディとウォーリィは鍵穴を見ている。
「そーだな」
ケインがビルの呟きに答えるように言い、青銅製の鍵をその鍵穴に差し込み右へ回した。鍵が開くような軽い音がして、奥では一瞬、小さな物がぶつかるような音がした。
「入ってみようぜ」
ウォーリィが言いながら扉を潜った。今度は煙が出て来るような様子は無い。そこは、長細い小さな部屋で、奥には扉が一つあった。その扉を開けると、不気味な人型生物が、泥のような物の中に立っていた。
「何だあれは……」
「とにかく、あの不気味な人型生物には解呪が効くだろう。ソフィー頼む」
ビルが言い戦士達は、泥のような物の方へ飛び掛かって行く。ソフィーの解呪が効いて人型生物は土に帰った。しかし、泥のような物の方はなかなか攻撃が効かない上、少しぐらい傷を負わせても応えた様子がない。戦士達が苦戦しているのを見て、ジェフが滅多に使わない小炎の呪文で援護したが、泥のような物は弱るだけで、結局倒す事は出来なかった。そして、泥のような物の攻撃を避けそこなったアンディは、傷の所為だけではなく、かなり苦しそうに剣を振るっていた。
そうこうして、かなり時間は掛かったが、アンディ達は泥のような物を倒す事が出来た。
「おい、大丈夫か? アンディ」
ウォーリィが声を掛ける。
「あ、あ。……大…丈夫…だ……」
「あまり大丈夫そうじゃないなぁ。ソフィー、何とかならないか?」
言葉とは裏腹に苦しそうにしている、アンディの様子を見て、ビルがソフィーの顔を見る。
「これは……。あの泥のような物には毒が含まれていた様ですね。アンディ、この瓶の中身を飲んで下さい。それで大丈夫ですわ」
アンディは差し出された、小さな瓶の中身を何とか飲み干した。すると今まで息をするのも辛かったのが、嘘のように楽になった。
「ありがとう、ソフィー。楽になった。ところでこれは?」
「解毒薬ですわ。ボルタック取引所にあったので、二つ程買っておいたのです。聖呪文には、解毒の呪文があると言われていますが、私は未だ使えませんので……」
ソフィーは自分の力が足りない為に、霊薬に頼らなければならない事を恥じるように顔を伏せた。
アンディはソフィーに任せておけば良いと思っているのか、ケインは宝箱の罠を外していた。
「なあ、こいつらが持っていた、宝箱に入ってたんだが」
そう言いながらケインが剣を持って来た。
「長剣のようだなぁ。しかし何か変じゃないか?」
ビルが剣を受け取る。
「そいつは帰ってから、ボルタックの親父に、鑑定してもらう事にして、此処の探索をしようぜ」
ウォーリィが何かいないか、という顔で辺りを見回す。そこはかなり広い空間が広がっていて、突き当たりには扉が一つあり、両側に通路がある。その広い空間を、隈無く探索していると、奥まった所に、小さい銀色に輝く円盤に乗ている、赤と青の外套を羽織った、蛙の像があった。像は金属製の筈なのだが、不思議にも生命を持っているかのように、前足を左右に振り、甲高い耳障りな音を発して踊っている。
「なんだろうなぁ、これは」
気味悪そうにビルが呟き、何気なく動かした手が軽く像に触れた。すると今まで踊っていた像が、いきなり動きを止めた。
「何だ?」
「止まったな。この像、取れんのか?」
ケインが像に触れ、台座を調べ始めた。針金などを背負袋から出し、何となく楽しそうに、像のまわりを動きまわっていた。
「取れたか?」
暫くして像に手をかけたケインを見たビルが、少し不気味そうな表情で問い掛けた。
「ああ、取れた。しかし何の役に立つんだろーな、これ」
ケインが手の中の像を調べるように見ている。その横でビルは、未だ気味悪そうな顔をしていた。
「こんな所に置いてるからには、大切な物なんだろう?」
アンディも興味深そうに像を見ていた。
「多分これは蛙の彫像でしょう」
「蛙の彫像?」
アンディはジェフの顔を不思議そうに見た。
「何なんだ? その蛙の彫像とやらは」
ビルも側に寄ってきて彫像を見る。
「私も名称しか知りません」
ジェフが素っ気なく言う。町で色々な情報を集めていた時に、聞きかじっただけなのだ。その時は自分に関係があるとも思えなかったので、聞き流した。
「とにかく、持って帰って、それからだろ。此処の探索も終わった事だし、他へ行こうぜ」
少し苛立ったような声でウォーリィが促す。アンディ達はその場を離れ、再び迷宮の探索を始めた。青銅色の鍵穴のある所から、正面の通路を少し戻ると、左に扉があり、扉の奥には通路があった。その奥に伸びた通路の途中には右側に扉があり、扉の正面には通路が伸びている。
「扉を開けるかなぁ、通路を行くか?」
「この扉、開けてみようぜ」
ビルが呟き、通路を歩き出そうとする横で、ウォーリィが扉を叩いていた。
「そうだなぁ、開けてみるか」
ビルが扉を開けると、ごく小さな部屋になっていて、奥に扉があったが、ウォーリィが蹴飛ばしても、ケインが体当たりしても、その扉は開けられなかった。
「開かねーな。けど、鍵が掛かってる訳じゃねーみてーだぜ」
ケインが扉を調べながら言う。
「此処に、小さな穴があります。丁度、先程見付けた彫像と、同じくらいの大きさです」
横でケインの様子を見ていたジェフが扉を撫でている。
「その蛙の彫像を入れてみるとか」
アンディも顔を寄せて、穴を覗き込んだ。
「……合わねーな。少なくとも、この像を入れるんじゃなさそーだ」
「あの銀の霧が降りてきた所の奥に、何かあるかもなぁ」
ケインはいかにも残念そうに言い、ビルがぼんやりと呟いた。
「一度、町に帰って情報を集めてみないか?」
「その方が、結果的に早く、迷宮の奥に進めるかもしれません」
アンディが提案し、ジェフが同意した。ウォーリィは何も言わないが、まだ迷宮の探索をしたいような素振りを見せている。
「まぁ、あまり欲張る事もないだろう。一度町に帰ろうか」
ビルが皆を見回してから宣言し、アンディ達は町に帰る事にした。
町に帰ってきた一行は、その足でボルタック取引所に出向き、迷宮内で見付けた剣を、鑑定してくれるように主人に頼んだ。尤も、剣は何の変哲もない長剣だった。像については、ボルタックの主人は何も知らないと言い、商売物にならない為、興味が無いとも言っていた。
取引所を出たアンディ達は、ギルガメッシュの酒場で、エドモンドに会う事にした。あのエドモンドなら、何か知っているだろうと思ったからである。ソフィーは相変わらず、カント寺院へ行きたいと言ったのだが、探索の謎についての情報を聞きに行くのだからと―半ば無理やり―皆と一緒に酒場に来ていた。ただ、ジェフは人に会うので、酒場には後で顔を出しますから、と言って早々に皆と別れて行ってしまった。
酒場に着いてからしばらくは、エドモンドにも会えず、ただ酒を飲むだけとなった。エドモンドは未だ布教しているのか、酒場には見当たらなかったのだ。
酒場にいる冒険者の話を、聞くともなしに聞きながら、アンディ達はジェフとエドモンドが来るのを待っていた。
「ああ、皆さん。少し情報を聞いてきました」
かなり経ってからジェフが酒場に入ってきた。
「まめな奴」
ウォーリィが、ジェフには聞こえないような小さな声で言う。ウォーリィは強い敵と戦っていれば良いと言う感じで、迷宮の謎を解く事に関しては、あまり乗り気ではない。
「私達は今迄何の当てもなく、迷宮の探索をしてきましたが、当面の目標が出来ました。一つは迷宮内では珍しく、七人で組んでいる、かなり腕の立つ者達と戦い、勝つ自信を付ける事です。そして、『中央管理施設』と呼ばれる場所を見付ける事。更に六つの品物を手に入れる事の三つです」
「まあ、自信の方は迷宮の中で戦っていりゃあ、自然に付くし、迷宮の中を隈無く探しゃ『中央管理施設』とか言う所も見付かるな。しかし、その品物を手に入れる、てぇのはどういう事なんだ?」
ウォーリィが不思議そうに聞く。
「これは一種の通行証みたいな物で、その品物が無いと入れない所が、あるそうです。その品物の内、三つは鍵だと言う事ですが、後の三つはどんな形をしているのか、またどんな物なのかも、判ら無いと言っていました。ただ、少なくとも、鍵の形はしていないそうです」
「三つの鍵の内の一つが、この間見付けた青銅製の鍵かなぁ」
ビルが呟く。
「私もそうだと思います。青銅色の鍵穴のついた扉のある部屋に入る為に、あの鍵が必要だったのですから」
「じゃ、あの悪魔の出てきた部屋も、何か鍵みてぇなのを持ってりゃあ、あの霧が降りて来ねぇように出来んのか?」
ウォーリィが腹立たしそうに言う。銀の霧に翻弄されたことが、余程、悔しかったのだろう。
「多分、そうでしょう」
「そんで、その他の三つの内の一つてーのが、あの蛙の彫像じゃねーか?」
ケインがウォーリィの顔を、意地悪そうに見ながら言う。からくりを解くことについて、何時も文句を言うウォーリィをやり込めると思ったのか、ケインは皮肉っぽい笑顔を見せた。
「ええ、私もそう思います」
「酒場で、なに深刻そうに話してるんだ?」
そこまで話した時、突然アンディの後ろから太い声が割り込んで来た。
「エドモンドさん!」
声に驚いたアンディが叫んで、弾かれたように振り向いた。
「元気に迷宮探索をしているようだな。ところで、此処座っても良いか?」
エドモンドが笑顔で話し掛ける。
「えぇ、どうぞどうぞ」
「この方ですか? ずいぶん親しいようですけれど」
ビルがエドモンドと話している時、ソフィーが隣に座っているアンディに、不思議そうな顔を向けた。
「そう。彼が司教のエドモンドさん」
答えたアンディの声が聞こえたのか、アンディ達の方を向いたエドモンドに、ソフィーが会釈する。
「そちらの女性は誰なんだい? この間は居なかっただろ」
「ソフィア・ヘンドリーと申す、僧侶です。ソフィーとお呼び下さい」
エドモンドの問い掛けに、ソフィーは微笑みを返した。
「こないだは寺院に行ってたんだよな、確か」
「熱心な信者なんだな、ソフィーさんは」
ソフィーの不満そうな心を読んだように、エドモンドが柔らかく微笑んだ。
「それで、何、深刻そうに話してたんだ?」
「迷宮で見付けた彫像の事についてなんですが……何か知りませんか?」
ビルがエドモンドの顔色を伺うようにしている。
「彫像? どんな奴だ?」
エドモンドの問いに、ケインが何も言わずに持っていた彫像を差し出した。
「ふうん。蛙の彫像か……。これも部屋に入るのに、必要な品物だったと思うが……、ところで、鍵は幾つ持ってるんだ?」
エドモンドは問い掛けながら、ケインから受け取った彫像を卓の中央に置いた。
「一つです」
エドモンドの質問には、アンディが応えた。
「ふん。お前ら二階を探索する前に、一階の探索をし直せ。二階で、追い出された部屋があっただろ? 其処に入るのに必要な鍵が一階に隠してあるらしいぞ」
「じゃ、あの悪魔が出て来た部屋に入るのには、鍵が必要だったんだ」
エドモンドの言葉を聞いて、ウォーリィが決め付けた。
「鍵じゃなくて、彫像の方かもしれないが。……その悪魔の出てきた部屋ってのは、どんなだった?」
「えっと、銀の霧が降りて来た部屋だろ?」
ケインが言いながら、ウォーリィの顔を意地悪そうに見ている。
「其処だったら、銀製の鍵が必要なんじゃないかと思う。大体仕掛に引っ掛かると、必要な品物の見当が付くようになってるらしいからな」
「じゃあ、あの小さな穴のあった扉は、どうやったら開くんだろう」
エドモンドの答えを聞いて、アンディが小さな声で、自分に問い掛けるように言った。
「小さな、穴?」
「この彫像くらいの穴が側にある扉です。尤も、この彫像は入りませんでしたけど」
アンディが卓の上にある蛙の彫像を撫でながら答えた。
「銀の霧の降る部屋の奥に、何かあるんだろう。多分だけどな」
エドモンドは遠い目をして呟いた。
この日は、ジェフも何故か良く喋り―飲み過ぎという事ではないらしいが―、エドモンドの話と総合するとかなりの情報になった。
整理すると地下一階に鍵が二つ、地下二階には彫像が二つ隠されている。そして、彫像のある場所に行くのに、二つの鍵が必要で、地下二階には、三つ目の鍵が隠されているらしい。そして六つめの品物を手にいれる為に、『中央管理施設』を探し、腕の立つ七人の者達を倒す必要があり、かなり経験を積んだ者達が挑んだのだが、それでも返り討ちにあった者ばかり、という事だった。それと面白い事に、三つ目の鍵は使い道が判らないとの事であった。
「その三つ目の鍵、何て呼ばれてるかは知りませんが、どうして使い道が判らないんです?」
アンディがエドモンドの顔を見た。
「ただ単にその鍵を使わなければ入れない、と言う所が今まで見付かっていない、という事らしいな。俺の聞いたとこでは、少なくとも三階には、そのような所はないらしい。尤もこれは噂だが、持っているだけで三階にある回転床が、回転しなくなるという話もある」
「持っているだけで良いのですか?」
不思議そうにアンディが問い掛けた。持っているだけで効果を発揮するということは、それなりに強力な魔法の品物なのだろうが、そんな強力な品物が幾つもあるものなのだろうか。
「そう言われているな。何処かに鍵穴だけがあって、其処に鍵を差し込むと仕掛と言う仕掛全てが作動しなくなるなんて噂もあるが、そんな事は有り得んだろう。まあ、これも確かめた奴はいないみたいだけどな。更に言えば、迷宮内の何処かにある『宝物庫』の鍵だとかいう噂もあったな」
「『宝物庫』?」
「ああ。中に何があるのか、そもそも、何処にあるかも知られてないが、迷宮内に『宝物庫』があって、えらいお宝が眠ってる、なんて噂もある。あくまで噂の域を出ないがな」
目を輝かせたケインにそう答えると、エドモンドは何時ものように、アンディ達にカドルト神の加護がある事を祈ってから、ソフィーに柔らかな笑顔を向けた。
エドモンドが居なくなってからは、何を話すでもなく皆でただ杯を傾けていた。
「さて、俺達もそろそろお開きにしよう。そろそろ閉店らしいしな」
端の方の椅子を片付け始めた酒場の主人を見たビルが、宣言するように言う。
「そうだな……」
「今日の話は、もう少し深く考える必要がありそうですわね」
「考えんのは苦手だよ。ジェフにまかすさ」
ソフィーの言に、ウォーリィがかなり酔った様子で陽気に言う。
「もう少し考えをまとめた方が良いでしょう」
ジェフは、労りを込めてウォーリィに微笑みかけた。
「とにかく明日さ。考えんのも、迷宮に入んのも」
ケインが言い、アンディ達はギルガメッシュの酒場を出た。