トレボー王がワードナを倒し、神秘の護符を取り戻す為に、冒険者を集め出してから、数年が過ぎていた。
始めは焦りを見せていた王だったが、ワードナが神秘の護符の力を使っていないらしい事に気付いてからは、あまり焦りも見せず、謁見の間で商人や役人達を相手に毎日を送っていた。そんなある日、兵が二人、慌ただしく謁見の間に駆け込んで来た。
「何事じゃ。騒々しい」
「申し訳ありません。実は、ワードナが張っていた結界が、消滅したとの報告が入りました」
「誠か」
トレボー王は少しだけ、玉座から身を乗り出した。
「はい。賢者エルマーも含め、何人かの魔術師が見た所、間違いはないとの事です」
「では、少なくともワードナから護符を取り上げたのだな」
「魔術師達はそう申しておりました。その為、迷宮の入口に人を待たせてあります」
鋭い瞳を向けて確認を取るトレボー王に、少し怖じ気付いたように兵達は答えた。
「判った」
兵が退出してからトレボー王は、ほそくそ笑んだ。
「これで目障りな、ワードナの奴を封じ込めてやれる」
そう呟いてからおもむろに側近に命じた。
「褒美の金貨と袖章を用意せよ」
屈強そうなドワーフに連れられて入って来たのは、未だ顔にあどけなさを残した六人の者達だった。ヒューマンが四人にエルフが二人。強力な呪文を掛けられた名残なのか六人とも、あちこちに焼け焦げたような跡があった。冒険者達を先導していた屈強そうなドワーフが、玉座の横にある台の上に真銀の手袋と神秘の護符を置いた。
「よくぞ神秘の護符を持ち帰ってくれた。礼を言う。褒美としてそれぞれに、五万金貨を与える。更に諸君を近衛兵の将校に任命しよう。誇りを持って階級証、袖章を付けるように」
トレボー王がそう言うと、脇侍が寄って行って、袖章と金貨の入った袋を冒険者達の前に置いた。
「あの迷宮は、改造してワードナの墓地とする事にした。そこで、諸君にも警備に加わってもらいたい。尤も、これは強制では無く、要望である。これから更なる鍛練を続けるもの良し。警備に加わるも良し。諸君の望むままだ。警備には、他の冒険者にも加わってもらう事になっておる。よく考えて答えを出して欲しいものだ」
トレボー王は褒美に驚いている冒険者達を見ながら話しを続け、最後に意味ありげで、奇妙な笑みを見せ、六人の冒険者達に退出を命じた。
神秘の護符を取り戻して数日後、トレボーは護符の力を使い、ワードナを特別な棺に封じ込め、更にその棺を封じるように、迷宮を作り変えた。あまたの罠を張り、冒険者達を墓守りとして数多く配して、ワードナがもし生き返ったとしても、地上に出られないようにしたのである。そして迷宮を作り変えた後、隣接するリルガミンを征服しようと、数年ぶりに戦に出た。
しかし、トレボーは戦で勝利を掴む事はなかった。無敗を誇るトレボー王の力の源であった、神秘の護符の力が暴走して、トレボー王は一瞬すらかからず、灰化したであろうと、その時、リルガミンから様子を見ていたある魔術師は言う。そして、トレボー王は、迷宮の持つ巨大な力に引かれてか、ワードナの墓地とした、地下迷宮の中を亡霊となって彷徨う事になる。
これにより狂王トレボーの統治時代は終りを告げた。
トレボー王が、多くの冒険者達を犠牲として、ワードナから奪還した、かの神秘の護符は、今はポーグロムのカント寺院の中にある巨大な復活神の像の手に握られている。復活神の像は、こころなしか満足気であると言う。
そして、トレボー王の死後は、隣接していたリルガミン王家がこの世界を支配した。狂王トレボーの統治時代とは違い、平和を愛する王によって治められたのである。
狂王トレボーの統治時代が終わって、丁度一年が過ぎたある日、この季節には珍しく雪が降った。一面が銀世界に変わり、雪が音を吸収するのか、辺りは静寂だけが支配していた。
その日、邪悪の心を持った、魔術師ダパルプスによって、リルガミンは攻め落とされ、王や王妃達は惨殺された。リルガミン王家は滅び去り、ダパルプスの治める闇の時代が始まった。リルガミン王家の幼い王女と王子が逃げのびたとの噂もあったが、定かではない。