序章 ~ Proving Grounds of the Mad Over Lord ~

十数年前、狂王トレボーは神秘の護符(アミュレット)を手に入れた。この護符の力は強大で、次々と諸国を打ち倒していった。トレボーはわずか数年で、世界の統治者となろうとしていたのである。

その頃強大な力を持った、偉大なる魔術師(メイジ)がいた。名をワードナと言い、ワードナは呪文によって、自分が世界の覇者たらんとしていたのである。そしてワードナは、トレボーを世界の統治者とした、神秘の護符(アミュレット)をトレボーから手に入れようとしたのだ。

そんなワードナの目論見をトレボーは知る由もなく、来る日も来る日も、戦勝を祝う者達との謁見に明け暮れていた。ワードナはトレボーの謁見室に幻姿(マロール)を使って侵入し、神秘の護符(アミュレット)を奪う事に成功した。そして、トレボーの城の地下に、自分の迷宮を作ろうとしたが、ワードナ自身の力だけでは、迷宮を作る事は未だ出来ない。そこでワードナは、神秘の護符(アミュレット)から、少しだけ力を借りようと護符の力を解放した。刹那、とてつもない閃光が走り、ワードナのいた建物は跡形もなく壊れてしまった。そして、トレボーの城の地下には、ワードナが思い描いた迷宮よりも、凶悪で巨大な地下十階にも及ぶ迷宮が出来上がったのである。

トレボーを世界の統治者とした、神秘の護符(アミュレット)の力は強大で、特別な方法で作られた真銀の手袋(ミスリル・グラブ)を着けないと、身体が一瞬にして蒸発してしまうというものである。ワードナもこの力を使いこなそうとして、色々と文献等を調べてみたのだが、数年の時をかけても全貌が判らなかった。大体、トレボーがこの世界に持ち込んだと言われているが、トレボーもこの護符の力の、ほんの一角を使っていただけのようだ。ワードナとしてはトレボーのように、全貌が判らないまま使う気にはなれない。だからこそ、迷宮の奥深くに事務所を作り、調査に勤しんでいる。そして調査の邪魔をされないよう、多くの魔物を召喚し、事務所の警護をさせていた。それと言うのも、ワードナに護符を奪われたトレボーは、ワードナを打ち倒すべく冒険者を集めたのだ。

しかし、ほんの時々ではあるが、警護の魔物達を掻い潜り、トレボーを崇めている奴等が、無礼にも事務所にまで入って来る事があった。尤も警護の魔物達を倒して来た冒険者達と言えど、ワードナの敵ではなかった。ワードナが核撃(ティルトウェイト)の一発も唱えれば、全滅してしまう程度の奴等だ。

そして最初に無謀にも攻撃を掛けてきた者達と、ワードナが戦ってから数年が過ぎた。

ある日ワードナは、迷宮の中にある事務所でバンパイアロード・リィの訪問を受けていた。彼もワードナが召喚した魔物の一人ではあるが、ワードナは殊の外、彼を気にいったので、友として扱った。リィの方も反逆を企てるでもなくワードナに仕えていた。

リィは何時もその牙にかけた犠牲者(バンパイア)を、護衛として連れているが、バンパイアにとって、バンパイアロードの命令は絶対なのか、バンハイア達は不平も言わずに付き従い、どんな時でも赤い虚ろな瞳を主君(バンパイアロード)に向けていた。

ワードナとリィが、事務所でくつろいでいる時、いきなり入口の扉が開き、冒険者が六人程入って来た。

「ワードナ覚悟しろ! 大君主(オーバー・ロード)トレボーの命により、神秘の護符(アミュレット)を返してもらうぞ!」

この事務所へ来る冒険者達の決まり文句とでも言える言葉を、入って来た冒険者の内の一人が言い、三人が切り掛かってきた。

ワードナは味方を召喚しようとも考えたが、召喚陣(ペンタグラム)は机の向こうにあり、儀式にもそれなりに時間が必要で、すぐに魔物を召喚する事は難しい。ワードナがリィが来ていた事を思い出し、冒険者の集団など、リィと配下のバンパイアが手伝ってくれれば、大丈夫だろうと思った途端、少し高い女の声が聞こた。

汚れし邪なる世に棲まう、彷徨える魂よ、その(ふる)き里たる(くら)き世へ、今直ぐ立ち去るが良い。我が神(カドルト)の御名において!

女の声が止まると同時に、リィがかき消されるように消滅してしまった。女はそれなりに修行を積んだ神官のようで、解呪(ディスペル)でリィを消し去ったのだ。

速やかな風よ、光と共に解き放たれよ。激しき炎の嵐よ、我に仇なすものを退ける刃となりて、大いなる滅びの力とならん。全ての戒めから解き放たれ、その真なる力を、今こそ我に示せ。核撃(ティルトウェイト)

ワードナは怒って呪文(ティルトウェイト)を唱えた。しかし冒険者共は、少しは応えたような様子を見せはしたが、倒れる事も無く、切り掛かってきた。こんな事は初めてだった。今までの冒険者達に、この呪文(ティルトウェイト)に耐えられた者などいない。ワードナがこの呪文を放てば、それで戦闘は終わりだったのだ。

更に、ワードナは切り掛かってきた冒険者共の攻撃を、軽く躱したつもりだったのだが、法衣(ローブ)には穴が開いて、浅くはない傷ができていた。そうしている内に、敵の魔術師(メイジ)呪文(ティルトウェイト)が完成してしまった。

ワードナが核撃(ティルトウェイト)をくらい絶命する寸前、冒険者の声が聞こえた。

「これで使命は達成されたな」

「ああ。早く大君主(オーバー・ロード)の元へ持って帰ろう」

大君主(オーバー・ロード)! そうだった。トレボーめ、この神秘の護符(アミュレット)で世界制覇するつもりだな。そうはさせん! 護符に呪いを掛けて、トレボーの奴を滅ぼしてくれるわ!)

冒険者の声を聞いて、トレボーの事を思い出したワードナは、呪文を唱え出した。公の呪文体系にはない、魔術師(メイジ)がその特別な名と、言霊(ことだま)によって扱う、一般に秘呪文と呼ばれるもの。

神秘の護符(アミュレット)、汝が力を(いくさ)に用いる者に災い在れ! 汝が力は無限なり、しかるに汝が力は一瞬なり! 我が命により汝が力を定めん! 汝が力を定めし我が名は、灰色の解放者(グレイ・リベレーター)

ワードナは呪いを放つとともに絶命した。

しかしこの声は、冒険者達の使命達成の歓喜の声に、掻き消されたかのように、冒険者達の耳には、ついに届かなかった……

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